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最新関正勝司祭 説教原稿の記事一覧

10/26

関正勝司祭 説教 聖霊降臨後第22主日(特定24)
マルコによる福音書10章35~45節

 ヤコブとヨハネの願い
 今日の福音はガリラヤを後にして、エルサレムに向かわれるその途上の出来事が記されています。今日の福音は三度の受難告知とそれに続く出来事です(三度の受難予告は、今日の福音の直前10章32節以下、および8章31節、9章31節)。「今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子は祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して異邦人に引き渡す。異邦人は人の子を侮辱し、唾をかけ、鞭打ったうえで殺す。そして、人の子は三日の後に復活する。」(10章33節) イエスはエルサレムでご自分の身に降りかかるであろう出来事を弟子たちにはっきりと語られています。しかもこのような残酷な出来事がご自身明らかになっておられるにも拘わらず、「イエスは先頭に立って進んで行かれた」(10章32節)。ご自身十字架と死を受け止められて、毅然とした態度でエルサレムを目指される姿が伝えられています。そのお姿に「弟子たちは驚き、従う者たちは恐れた」とあります。この様な状況の中で先主日の福音では、一人の財産の豊かな男がイエスの前に「跪き」「永遠の命を受け継ぐには何をしたらよいか」との疑問を懐いて問いかけています。イエスに問われて彼はモーセの十戒の後半である「倫理規定・行動規範」を子どもの時から自分は守っている、と応じます。この男にはユダヤ教徒としての誇りがあったことでしょう。しかしそれにも拘わらず、心には大きく深い不安と疑問があったのでしょう。イエスはさらに「あなたに欠けているものが一つある」と語られます。「なお一つ足らず」という言葉は、何と厳しい言葉でしょうか? 私などは「一つ」どころか無数と言われそうなほどの多さの「欠けたモノ」があることを正直告白しないではおられません。しかし、頼みの綱はこの富める男をイエスは「見つめて」(10章27節 岩波訳は「慈しんで」「彼を愛した」とします) 「人間にできることではないが、神にはできる。神は何でもできるからだ」と励ましてくださっていることです。「神は何でもできる」と語って、わたしの希望となってくださっているからこそ、わたしは絶望しないで生きる勇気を与えられているのではないでしょうか。

 さて、今日の福音ではイエスがご自分の身に起こるご受難のことを行動を共にしてきた弟子たちに受難告知をされた後に、ヤコブとヨハネが、イエスが「栄光をお受けになるとき(それはイエスにとってはご自分の死を意味していたのですが)・・一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください」。 以前にも、彼ら弟子たちは、だれがいちばん偉いかと議論し合っていました(9章34節)。なんとしたことか?ヤコブとヨハネは。 ところが実際には他の十人の弟子たちも同様であったことが分かります。マルコは書いています。「ほかの十人の者はこれを聞いて、ヤコブとヨハネのことで腹を立て始めた」と。彼らもヤコブやヨハネと同様に誰がいちばん偉いのかと競い合わないではおられなかったように思います。そこで再びイエスは十字架を直前にして弟子たちに、ご自分の生涯がそうであるように「仕える者」になれ、と語って、「いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」と力を込めて彼らに諭されています。この大いなる語りかけをパウロは受け止めてわたしたちに伝えています。「神は唯一であり、神と人との間の仲介者も、人であるキリスト・イエスただおひとりなのです。この方はすべての人の贖いとしてご自身を献げられました」(1テモテ 2章5, 6節)。この真実をイエスの十字架と死は激しくわたしたちに伝えています。今日の旧約聖書は苦難の僕と言われるイザヤ書が語る、神の僕が背負う苦難は「すべては可能」とご自分を告白される神は、わたしたちの日々の生活の中でプラスだと思い、マイナスだと考えるすべてのことがらを「可能」へと・いのちへと結び合わせてくださる神であることを語っています。イザヤは声を大にして伝えます。「・・彼は自らを償いの献げ物とした。・・彼は自らの苦しみの実りを見、それを知って満足する。わたしの僕は、多くの人が正しい者とされるために、彼らの罪を自ら負った。・・・」(イザヤ53章10, 11節)

 この神の前で偉くありたいと考えるわたしたちは、絶えず「なお一つ足りない」と神を信じて、生かされている自分に問いかけられている言葉を深く思いたいものです。それは同時に、「神にはできる。神は何でもできるからだ」と語ってくださるイエスが十字架から語ってくださっていることに信頼と希望を持って生きるわたしたちでありたいと願っております。

アーメン

03/23

大斎節第5主日 ヨハネによる福音書 12章20~33節
 司祭 関 正勝 師

「一粒の麦、地に落ちて死ななければ」
 今日の福音はヨハネによる福音書12章20節以下にしるされたイエスの最後のエルサレムでの一週間の始まりの出来事が伝えられています。イエスは弟子たちと共にエルサレムに入られました。その時はユダヤの最大の祭りである過ぎ越しの祭りを祝うためにユダヤ全土から人びとがエルサレムに集まって来ていて、エルサレムの町は人びとでごった返していました。ユダヤの人びとがこの過ぎ越しの祭りに込めた期待は大層大きなものがありました。それと言うのもこの祭りは他でもない、エジプトで奴隷として苦役を強いられていた自分たちの先祖がモーセに導かれて苦役の地から脱出し、解放された、その時を記憶する祭りだったからです。イエスの時代にあってもユダヤの人びとはローマによって支配され、統治されて、貧しく苦しい状態を強いられていました。そのような彼らにとってイエスは「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように、イスラエルの王に」(12章13節)と期待を込めて呼びかけるにふさわしいお方と受け止められて、エルサレムに彼は迎え入れられるのでした。このようにイエスと弟子たちがエルサレムに入城された時は、過ぎ越しの祭りに込められた民族的な救いへの期待とイエスの生涯が人びとにもたらした驚きと期待、幻滅と希望といったことが入り混じった歩みが重なり合って、人びとは熱狂しエルサレム全体が興奮の坩堝となっていた、と言っても言い過ぎではなかったでありましょう。

 この祭りに異邦人であるギリシャ人が来ていて、彼らのある者たちがフィリポを介してイエスに会いたいと願い出ます。このことがイエスに自分の働きがギリシャの地にも伝えられていることを知らせることとなり、ついにイエスは「人の子が栄光を受ける時が来た」と語られます。これまでもイエスは幾たびか「わたしの時はまだ来ていない」と語って、その時が神の栄光を表す時、それは彼にとっては神の意志としての自らの死を差し示していたのでした。エルサレムでイエスの身に起こる事柄は、まさにご自分の十字架上の死にかかわる事柄でした。訪ねて来たギリシャ人たちがイエスに問い掛けたことの内容はわかりませんが、しかしイエスは彼らに答えるようにして自分が一体何者であるか、その生涯が何であるかを彼らに語るのに、ご自分がどのような死を迎えるのかを語り明かそう、とされたのでした。人は生きてきたようにしか死ねない、とよく言われますが、イエスの死は彼の生涯が何であったかを語ります。

 イエスにとって死は、彼の働きが何であるかを示す出来事に他ならないのですが、しかしイエスは死を目前にして激しく悩み苦しんでおられます。ヨハネ福音書以外の福音書には「ゲッセマネの祈り」としてイエスの父である神への激しいばかりの叫びにも等しい祈りが記されています。イエスは「ひどく恐れてもだえ始め」、弟子たちに「わたしは死ぬばかりに悲しい」(マルコによる福音書14章34節)と、語られています。今日の福音書でも27節にその祈りが記されます。「今、わたしは心騒ぐ。何と言おうか。“父よ、わたしをこの時から救ってください”」。イエスが父に祈っている「この時」とはご自分の苦しみから逃れて、解放されたい時ではない。十字架上での死が真実、神の救いの力を示すことになるのか、もしかして人びとには神の力がこの世界の力に屈して敗北することになりはしないか、救いは十字架の死以外に表される道はないのか、といったイエスの苦悩と試みの時を語っておりましょう。これは十字架上でのイエスの言葉と同じくイエスの真剣な祈りであり、問い掛けでもありました。この激しい問い掛けの後、しばらくの沈黙があって、ついにイエスは語ります。「しかし、わたしはまさにこの時のために来たのだ」と。何と大いなる「しかし」でありましょうか。ゲネサレト湖で夜通し漁をして、しかも不漁で終わったシモン・ペトロにイエスは「沖に漕ぎ出して網を降ろし」なさいと命じますが、漁師としてのペトロの経験と誇りがこのイエスの命令の前に壁となってしまいますが、やがてペトロは「しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と、イエスの言葉に従った物語が想い起こされます(ルカによる福音書5章5節)。今日の福音におけるイエスの「しかし」も日常的な経験や常識、生活の知恵といったものを打ち破り変革させる、いわば「大いなる転換」ともいうべき「しかし」でありましょう。この転換があってイエスは「父よ、御名の栄光を現してください」(→主の祈りの第一の祈り「御名が聖とされますように」)と祈られるのでした。

 こうしイエスはわたしたちに「永遠の命に至る」道を、十字架上の死を通してもたらされる新しい命への道を示されたのでした。それは一粒の麦が地に落ちて死ぬことで多くの実を結ぶ道でした。死が命をもたらす、という逆説的な真理を一粒の麦の種の譬えをもって示されたのでした。終わりが、そのまま終わりではない。
 今学校は卒業式のシーズンを迎えていますが、「卒業」は必ずしも若者たちの終わりではない。そうではなくて新しい始まりに他ならないでありましょう。実際一粒の麦が自分自身の中に閉じこもってしまえば新しい命の芽は生えいでない事でしょう。人びとの目にはおろかに思える姿と方法をもって、神の新しい命に至る道が示されています。イエスは言葉を続けて「自分の命を愛する者は(本田神父訳「執着する者」、岩波訳「愛着する者」)、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は(本田神父訳「この世にからめ取られた自分自身を憎む者」)、それを保って永遠の命に至る」と語られます。一粒の麦の譬えは、さらにわたしたちが見失いがちな現実に引き寄せて語られます。自分の命が脅かされるような経験が新しい命の誕生をもたらすということを。ところが自分の命が無菌のまま純粋・無垢のままであることを願って他者と交わることを拒否している限りわたしたちは、孤独のうちに死ぬでありましょう。 しかし、傷つきながら他者と交わることで新しい命・新しい自分が誕生します。わたしたちは失うこと・喪失によって成熟することがしばしばであることを経験しているのではないでしょうか。別れが出会いを!

 事実、イエスの生涯とその十字架上での死はわたしたちの世界に新しい命に至る道に招かれて歩む者たちを呼びかけ招きかけ続けていることを、その招きにあずかっているわたしたち一人ひとりの歩みが証しするものであることを信じたいものであります。 

03/02

大斎節第1主日 マルコによる福音書 1章9~13節
司祭 関 正勝 師

 大斎節を迎えた最初の主日の福音はマルコ福音書が記します。イエスの洗礼と荒れ野での40日間にわたるサタンからの誘惑の出来事であります。イエスはご自分の町ガリラヤから洗礼者ヨハネが行っていた洗礼をお受けになるためにヨルダン川に出てこられます。この出来事を伝えるマタイ福音書は洗礼者ヨハネの驚きと躊躇が記されています。洗礼者ヨハネはイエスの行動を思いとどまらせようとして、言います。「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか」(マタイ3章14節)と。それもそのはず、洗礼者ヨハネは救い主・メシア到来のための道備えをする存在であり、イエスこそが自分が待望していたそのお方であることを知っていたからです。そして洗礼者ヨハネがユダヤの人びとに行っていた洗礼は「罪からの悔い改め」・神に立ち帰るための洗礼に他ならないものでした。その洗礼をイエスが受けようとしてヨハネのもとに出てこられたのですから彼は驚き戸惑わないではおられなかったのも当然でありましょう。ヨハネの戸惑いと躊躇にもかかわらず、イエスは「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです」(マタイ3章15節)と語って、ヨハネから洗礼を受けられます。イエスが神からのメシアであることを信仰によって告白するわたしたちにとっても、ヨハネの懐いた驚きと疑問を持たないではおられないのではないでしょうか? なぜ神の子が罪の赦しを求めなければならないのか? このような疑問を懐くと同時にイエスの語る「正しいこと」とは何であるかに心を留めたいものです。本田哲郎神父の訳は一つのヒントを提供してくれるのではないでしょうか。すなわち、神父は「抑圧からの解放にかかわることをみな実行するのは、大事なことです」と。イエスがヨハネに向かって言う「正しいこと」とは、他でもない、人びとを苦しめている「抑圧からの解放」である、ということです。なんと大胆で、深い翻訳であり、解釈であることでしょうか。

 イエスの洗礼が人びとを苦しめている抑圧から解放をもたらすのであれば、それは正に神が実現されようとしている働きそのものに他ならないでありましょう。そうであればこそ、イエスが洗礼者ヨハネから洗礼を受けられたとき、聖書が「天が裂けて、“霊”が鳩のように…降って <あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者> という声」が聞こえた、と記す理由もわかるのではないでしょうか。しかし、わたしたちはイエスの洗礼がなぜ「正しいこと」であり、「抑圧からの解放」をもたらすものであったのか尋ねなければならないでしょう。

 パウロの言葉は、よくわたしたちの問い掛けに答えてくれていると言えましょう。彼はフィリピの信徒への手紙で書いています。「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。…」(2章6,7節)

 イエスの洗礼は、先主日(大斎節前主日)の出来事。高い山の上でモーセとエリヤに囲まれては話し合っているイエスの栄光の姿に接してペトロは、山の上にイエスを栄光の姿のままに留めようとしたのに対して山を降りて人びとのもとに帰って行くイエスの態度と同じように、わたしたちと同じ姿で同じ歩みをされようとする、その姿を表しているのではないでしょうか? それこそ、ヨハネ福音書がクリスマスのメッセージとして伝えていることに他ならないでしょう。すなわち、「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」(ヨハネ1章14節)。 言、すなわち神は現実の肉、現実の社会に肉をとって宿られたのでした。イエスはクリスマスの出来事、神が現実の肉、現実の社会に肉をとられたという大いなる驚くべき出来事を、イエスは洗礼者ヨハネが人びとに向かって行っていた洗礼を受けられることで具体的に明らかにされたのでした。イエスはわたしたちと同じ歩みをされることで、私たちが陥り、苦しめられる「抑圧からの解放」の道を歩まれるのです。しかし、その道は平坦ではなく(パウロが言うように)、「へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」(フィリピ2章8節)。

 イエスは神にとって「正しいこと」をまっとうするため洗礼者ヨハネから洗礼を受けられます。それは、イエスご自身の死と十字架がもたらす「正しいこと」に他なりませんでした。その「正しいこと」としての「抑圧からの解放」が現実となるところに新しい命・復活が約束されるのではないでしょうか。しかし、死と十字架を経ない復活への望みは、「安価な慰め」「また恵み」(ボンヘッファー)に堕ちてしまいます。事実、マルコは(他の福音書と共に)、イエスに対する神の「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という天からの声を聞くと同時に、次のように記します。「それから、“霊”はイエスを荒れ野に送り出した。…イエスは…サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた」。

 イエスの洗礼、それは肉をとった言(神)がわたしたちと同じ困難や悲しみ、まさに荒れ野の現実のただ中をわたしたちと一緒に歩んでくださることの証であり、わたしたち自身もそのような荒れ野と言いたくなるような日々に留まりながら、しかしイエスがそのようなわたしと一緒に「自分の十字架を負え」と励ましながら歩んでくださっている、その約束と希望がイエスの洗礼であり、「誘惑する者」・抑圧する者からの勝利・復活に他ならないことを心にとめて、日々を生きるわたしたちでありたいものです。

 アーメン

01/12

降臨節第3主日 ヨハネによる福音書 1章6~8, 19~28節
司祭 関 正勝 師

 今日の福音は、ヨハネ福音書が伝える洗礼者ヨハネの登場とその働きに関するものであります。洗礼者ヨハネの登場は既に先主日マルコが伝える記事が与えられていました。マタイ、マルコ、ルカそれぞれの福音書が伝える洗礼者の姿とは、今日の福音である福音記者ヨハネが伝える伝え方は大きく異なっています。ヨハネ以外の三つの福音書は、ヨルダン川で洗礼者ヨハネが行っていた洗礼は「悔い改め」の洗礼であり、彼はそのためにユダヤの人びと(ファリサイ派やサドカイ派を中心としていた人びと)に向かって激しく「悔い改め」を迫って、「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか」(マタイ3章7~8節)と叫んでいます。さらに、マタイ福音書は他の福音書と共に洗礼者が、悔い改めを必要とする彼らユダヤの人びとの真の姿を示すかのように、整然と整っている町でではなく、野獣の跋扈する「荒れ野」で行動し、しかも彼は「らくだの毛衣を着、腰に皮の帯を締め、イナゴと野蜜を食べ物としていた」と述べられています。この姿は、まさに悔い改めを必要とする人間の赤裸々な姿を現す、ヨハネ自身の、いわば行動預言に他ならないでありましょう。彼らが悔い改めを必要とするのは、彼らが「われわれの父はアブラハムだ」などと、自分たちの出自・家柄といったものを誇りにして(この彼らの誇りは、同時にイエスが聖霊によってマリアの胎に宿ったということで、父親不在の子ではないか、との陰湿な誹謗中傷があったことを背景に含んでいたに違いありません)、イエスの出自を暗に批判しているのに対して、洗礼者は「言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造りだすことがおできになる」と語って、自分たちがたまたま所有している持ち物などによって自らを誇り、神の働きを否定する人びとに悔い改めを迫っていました。

 日々の生活や自分たちの行動に何の疑問をも懐かず、平穏無事を良いことにしている人びとに洗礼者ヨハネは「蝮の子らよ」
と叫んで、悔い改めを迫り、彼が使命とするイエス誕生の「道備え」をしている姿を、ヨハネ福音書以外の福音書はむしろ荒々しくリアルに伝えています。それに対して、今日の福音書は、福音記者ヨハネがまず洗礼者を紹介するのです。「神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。彼は証しするために来た。光について証しするために、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。彼は光ではなく、光について証しするために来た」(ヨハネ1章6~8節)。このように、今日の福音書では洗礼者ヨハネを他の三つの福音書とは異なった角度から捉えて、わたしたちに伝えてくれています。そこにこの福音書の他の福音書とは異なる特徴が示されています(それはイエス誕生の出来事を伝える伝え方においても同様です)。

 ヨハネ福音書は、「証し」という視点から洗礼者ヨハネの行動をわたしたちに伝えます。彼は光について「証し」する人物として登場しています。彼は「証人」なのです。この人の「証言」は、法廷などでの証言・証人の場合がそうであるように、まず証言を求めている人がいて、証人はその人の求めに応じて(促されて)証言し、証人になると言えましょう。洗礼者ヨハネも、勝手に自分から証人となっているのではなくて、まず「光」であるイエスとの出会いがあって、その出会いに促されるようにして「証し」がなされている、と言えましょう。光であるイエスを証しする洗礼者ヨハネの姿は、徹底して謙遜な態度でなされています。洗礼者の前に、祭司やレビたちが出てきて問いかけています。「あなたは、どなたですか」、「メシアですか、エリヤ、あの預言者(モーセのこと)ですか?」 そのいずれに対しても彼は「そうではない」と答えています。

 洗礼者ヨハネの答えは、そのすべてに対して否定的な告白と証しとなっています。彼のこの態度は徹底した謙遜を表していると言えますが、それは自己卑下などとは根本的に違っています。彼の「わたしは・・・ではない」という自己否定は「絶対的な肯定」すなわち「わたしは・・・である」という存在に出会っているときにその「否定」は意味を持つ、と言えましょう(イエスは御自分を「わたしは命のパンである」ヨハネ6章35節,48節、「わたしは世の光である」ヨハネ8章12節、「わたしはある」ヨハネ8章28節、その他10章14節、11章25節、14章15節)。洗礼者ヨハネがユダヤの人びとを前にして彼らを「蝮の子ら」と呼び、路上の何の変哲もないただの「石」を指さして、人びとが自分たちの出自や家柄さらには人びとからの評価などを根拠にして生きている姿を批判し、さらに自分を「メシアではない」と「否定」したのは、他でもないこの「絶対的肯定」(者)を知り、信頼していたからに他ならなかった、と言えましょう。このようにわたしたちは「絶対的な肯定・然り」に出会い、その存在や事柄に信頼を置くとき、わたしたちのそれまでの生活を支えていた、あれやこれやの現実はどれほどの意味をも持たなくなる、と言えないでしょうか? 「絶対的な肯定」の前で、わたしたちの価値観は相対化される、と言えましょう。聖霊によって洗礼を授けるその方を知っているがゆえに「わたしは(その方の)その履物のひもを解く資格もない」とは洗礼者の証しです。

 福音とは何か?と言えば、まさに自分が自らの出自や家柄といったものを誇りとすることで格差と差別の社会をいっそう越えがたく作り上げている現実が「蝮の子」「路傍の石」であることを知らされて、神はそのような存在をも用いて「アブラハムの子たち」を作り上げてくださるという、そのような「絶対的存在・肯定者」である神へと立ち返らせる力こそが、福音なのではないでしょうか。聖書、特に新約聖書にはイエスに出会って、自分の生き方が相対化されて、新しく生き始めた人びとの出来事が記されています。畑に隠されていた宝を発見して、喜んでいる人の姿がそうです。イエスは言われます。「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払い、それを買う」(マタイ13章44節)。

 洗礼者ヨハネが「わたしは・・・ではない」と自己否定できたのは、「絶対的肯定者」(わたしは・・・である)エゴ エイミと語るメシア・キリストに出会っていたからでした。この出会いこそが、彼の存在と働きに意味をもたらしているのでした。いま、ここに生きているわたしたち自身にしても、己を謙虚にし、低みに立てるとしたら、それは「自己肯定」ではなく、神の『絶対的な肯定・受容』との出会いがあってのことであることを心に刻みたいものです。

 幼子イエスの誕生を祝い、わたしたち一人ひとりのうちに幼子を誕生させるためにも、今日の主日の洗礼者ヨハネの「あなたは、どなたですか」との問いかけに、徹底して自分自身を相対化して、神に生かされている者として応答した洗礼者ヨハネの姿に学びたいものです。

 アーメン

11/06

聖霊降臨後第19主日(特定23) マタイによる福音書22章1~14節
司祭 関 正勝 師

 イエスはユダヤの指導者たち祭司長やファリサイ派の人たちに譬えでもって「天の国」について語りを続けられています。今日の福音では「天の国は、ある王が王子のために婚宴を催したのに似ている」と語り始められます。この譬えの内容については、わたしたちもよく知っているところです。福音記者マタイは旧約の民ユダヤ人を前にして「神」という言葉を用いることに大層注意深いように思います。モーセの十戒が戒めている「神の名をみだりに口にしない」との戒めを、彼は強く意識していたようです。ですから、他の福音書が「神の国」と言うところを、今日の福音書の場合のように「天の国」と表現することが多いようです(→ルカ14章15節以下)。婚宴に招いておいた人びとが来ようとしなかったので、王は家来を使いに出して言います。
「食事の用意が整いました。牛や肥えた家畜を屠って、すっかり用意ができています。さあ、婚宴においでください」。
ところが、人びとはこの招きを無視して、畑や、商売に出かけて行ってしまい、挙句の果てにはこの人びとは家来たちを殺してしまいます。このような人びとの乱暴なふるまいは先週読まれました「悪いぶどう園の労働者」のそれを思い起こさせます。それは、神から遣わされた一人子イエスを十字架へと追いやるユダヤの人びと(律法学者、ファリサイ派の人びと)の姿と重なります。怒った王は、町を焼き滅ぼすと言うほどの行動をとっています。以上がこの譬えの前半です。彼らは王子の婚宴に招かれたことを喜び誇りにさえ思っていたに違いありません。ユダヤの慣習で婚宴への招待状には招きの事実だけが記されていて、婚宴の日時は空白のままにされていたそうです。したがって、招かれた人びとからすれば「用意ができました」と言う、その当日を知らされて慌ててしまうことも多くあったようです。今日の招かれていた人びとにとってはその招待日が突然、思いがけない時にやって来たわけで、楽しみにしていたはずのその宴会を断らざるを得なかったわけです。しかし、王は彼らの態度を怒られます。そして譬えは後半に移ります。再び「婚宴の用意はできている」という王の言葉が宣べられます。

 そして家来たちに命じます。
「招いておいた人びとは、ふさわしくなかった。だから、町の大通りに出て、見かけた者はだれでも婚宴に連れて来なさい」。
この命を受けて家来たちは通りに出て行き、
「見かけた人は善人も悪人も皆集めて来たので、婚宴は客でいっぱいになった」。
ところが、客の中に「礼服を着ないで入って来たものがいた」、というのです。王はこの人を「外の暗闇にほうり出し」てしまいます。そして、「招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない」と語られます。

 この譬えが「天の国」の譬えとして語られており、同時にそれはイエスによってはじめられた「神の国」の到来の準備が整った、という「悔い改めて神を信ぜよ」との呼びかけに他ならないでありましょう。「神の国」到来の準備が「整いました」との呼びかけに「最初の人びと」すなわち神の民として選ばれたイスラエルの人びとは、答えることが出来ませんでした。彼らのこのような態度に王は町を焼かれます。ここには紀元70年のローマ軍によるエルサレムの滅亡の出来事が重ねられておりましょう。彼らが神の招きを喜んでいたにも関わらず、その招きに応ずることが出来なかったのは、王からの招きが何時なのか分からないと言う状態が長く続くうちに日々の生活とその習慣の中で招かれている喜びと緊張感が次第に薄れてしまっていたに違いないのです。王からの招待状は最初に招かれた人びとがそうであったように突然、思いがけない仕方で、予想など出来ない時に届けられるのです。その招きに答える備えが出来ているか、否かがわたしたちにも問われていると言えましょう。最初に招かれていた人びとは、神からの突然の呼びかけに応答することが出来ませんでした。
(→本田神父訳)「招いておいた人びとは歩みを共にする気がなかった」。
そこで、王は町の通りから「見かけた人は善人も悪人も皆集めてきた」のでした。王の招待は、たしかに突然に、わたしたちの計算や予想をはるかに超えて発行されるのですが、同時にその招きはわたしたちの考える善人・悪人といった枠組みや価値観を越えて行われる、ということでしょう。さらに、わたしたちの計算や予想、また経験をも超えて神の招きはなされている、と言えましょう。神の招きはわたしたちの思いを超えて、すべての人びとに普遍的に呼び掛けられていることを知らされます。しかし、そこに礼服を着ないで列席した人がいました。その人に対する厳しい王の姿勢は何を意味しているのでしょうか? いろいろな解釈が、この「礼服」に関して行われてきましたが、この人が婚礼の席に「用意されていたであろう」礼服を付けないで席に着いたとは、この人が他の多くの人びとと同じように全く「理由なしに」宴の席に招き入れられたと言う、驚きや喜びが失われてしまっている状態を表現しているように思います。勿論この礼服とは古い旧約の律法とは異なる「新しい律法」のこととも異なるでしょう。それは、王によって招かれたと言う喜び、それがもたらす新しい生き方の表現そのものではないでしょうか? この礼服を着ることの表現は、その人が新しい存在として誕生した喜びを言い表しておりましょう。預言者イザヤは歌います。
「わたしは主によって喜び楽しみ わたしの魂はわたしの神にあって喜び踊る。
 主は救いの衣をわたしに着せ 恵みの晴れ着をまとわせてくださる。
 花婿のように輝きの冠ををかぶらせ 花嫁のように宝石で飾ってくださる」(イザヤ61章10節)。
パウロも礼服を着て「新しい存在」としての姿を、今日の使徒書フィリピの信徒への手紙の中で(4章4節)、
「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。
(彼は続けて困難の多い働きの課程に触れた後)…いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です」。
婚礼の礼服とは招かれた者がこのような「新しい存在」「新しい生き方」を生き始める姿のことに他ならないでありましょう。

 最初の記事が語っていますように招待状に日付がないことは、招きはその人の特権や所有権などではなく常に新しく(したがって計算や予定を超えて、思いもかけない仕方で)招かれている喜びの中で日々の仕事や営みを続ける「新しい存在」を生きることが求められているのではないでしょうか。「礼服」は、その喜びのしるし、この喜びの礼服を身に着けて日々を生きることに「選び」があることを記憶したいものです。 アーメン

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