おとずれ巻頭言の記事一覧

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 1942年11月28日、ボストンのサパークラブ「ココナッツグローブ」で、フットボウル関係者800名のパーティがありました。夜10時過ぎ、誰かのタバコの火が近くの可燃物に移り火災が発生、会場はパニックになり429名が死亡、200名程が入院、無事に帰宅できたのは僅か100名程。マサチューセッツ総合病院には39名が入院、7名が間もなく死亡。治療中に回復の遅いグループと早いグループがあることに気づいた医師たちは、精神科医エリック・リンデマンに協力を求めました。

 わかったことは、回復の遅いグループは①火災で亡くなった親族の面影を思い出す苦痛に耐えられない人たち ②亡くなった人への悲しみをなかったことにして新しい計画に向かおうとした人たち ③自分が慰められることしか考えない人たちでした。早かったグループは、死亡した家族の面影を思い出すのはつらいのですが回想し続けた人たちです。結果、リンデマンは、たとえつらくても悲しみを避けずにこれと直面し、これを受容する以外にないことを明らかにしました。

 25年前1985年8月12日18時56分、羽田発大阪行日航123便が御巣鷹山に激突し520名の方々が亡くなりました。その中に歌手の坂本九さんがいます。長女の大島花子さんが話しています。事故はわたしが12歳の時、残された3人は日々の暮らしに必死でした。事故に関する思考のスイッチを切り、何事もなかったかのように暮らしました。

 3人は強く結束し、母は弱音をはかずに頑張りました。飛行機に乗るのが恐ろしく陸路ばかりでしたが、数年後母は踏ん切りをつけるべく、飛行機で父との思い出の地ハワイに行こうと言いました。行ってよかった。父との思い出を避けるより、どっぷり漬かっていいんですね。…今年私は、事故当時の母の年齢に並びました。12歳ぐらいの少女を見ると、何とも言えない気持ちになります。事故現場の御巣鷹山に父がいるとは思えず登れませんでしたが、ようやく5年前に登って現実を受けとめ、遺族であることを認識しました。

 悲しみは避けるのではなく、どっぷり漬かっていいのです。いっぱい泣いて涙を流し、悲しみを口に出して言葉にしていいのです。あなた一人が悲しむのではなく、主がともにいて(インマヌエル)あなたを支えてくださるのです。
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