最新牧師コラムの記事一覧

09/17

 ペトロが赦しについて尋ねます。イエスは際限なく赦しなさいと言われます。天の国のたとえです。王は、自分の家来たち全員にお金を貸しています。決済で、最初に大きな借金1タラントン(約6千億円)借りている家来が王の前に連れて来られます。返済不可能です。王は、自分、妻、子と全ての持ち物を売り払って返すよう命じます。家来は、ひれ伏し「どうか待ってください。きっとお返しします」と言います。王は憐れ(スプランクニゾーマイ、内臓が痛むこと)に思って借金を帳消しにします。ところが、この家来は外で1百デナリオン(1百万円)貸している仲間に出会い、首を絞めて「借金を返せ」と言います。さきほどの自分と同じように懇願する仲間を承知せず、借金を返すまでと牢に入れます。これを聞いた王は「わたしがお前を憐れんでやったように、お前も仲間を憐れんでやるべきではなかったか」と言い、借金を返すまでと牢に入れます。この家来は、王に膨大な借金を赦されたと思っていません。しめしめ上手く言い逃れた。なんとお人好しなのだと軽蔑しています。自分は騙されないぞと生きているので、仲間の1百万円を赦せません。赦しは、神によって多くを赦され生きていることを知ることから始まります。

聖霊降臨後第15主日 A年 特定19
 旧 約 シラ書 27章30節~28章7節
 詩 編 第103編8~13節
 使徒書 ローマの信徒への手紙14章5~12節
 福音書 マタイによる福音書 18章21~35節

09/10

 マタイ福音書18章は、1. 「天国でいちばん偉い者」、2.「罪への誘惑」、3. 「『迷い出た羊』のたとえ」、4. 「兄弟の忠告」、5. 「『仲間を赦さない家来』のたとえ」 の五つの話から成っています。マタイは、これらの話を教会の出来事として述べます。「兄弟があなたに対して罪を犯したなら」の兄弟は、血縁の兄弟姉妹関係ではなく、教会の中での兄弟姉妹です。教会によっては、~兄、~姉と呼びます。この罪は、複数形なので原罪ではなく、教会内での人間関係における具体的な個々の罪のようです。罪は借金にたとえられます。BさんはAさんからお金を借りて返済していないのかもしれません。返してほしいと催促するのは簡単なようですが、そう簡単でもありません。世の中では、返済を巡り争いになる場合があります。貸していないことにして、お金を諦めることは可能でしょうが、兄弟姉妹の関係がギクシャクしたままです。自分も穏やかではありません。二人だけのところで忠告できれば兄弟を得ます。もし仮に、返済されずとも忠告は必要です。忠告によって、借金の赦し、罪の赦しがなされます。忠告することによって、互いに赦し合う関係になります。

2017年9月10日
聖霊降臨後第14主日 A年 特定18
 旧 約 エゼキエル書 33章7~11節
 詩 編 第119編41~48節
 使徒書 ローマの信徒への手紙 12章9~21節
 福音書 マタイによる福音書 18章15~20節

09/03

 先主日、ペトロは「あなたはメシア、生ける神の子です」と言います。イエスは「…あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ…わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」と言われました。ペトロの信仰告白は、父なる神のお導きでした。この後、イエスはご自分がエルサレムで多くの苦しみを受け殺され、三日目に復活することになっていると弟子たちに打ち明けます。ペトロは「とんでもない。そんなことがあってはなりません」とイエスを怒鳴りつけます。イエスは「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている」と言い、弟子たちに向かって「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る」と言われます。わたしたちは、自分の命を大切にしたいと願う者であり、あまり死にたいとは願いません。イエスの言葉を厳しく感じます。イエスの言われる命とは、わたしたちが想像する命の量や長さではなく、イエスの復活につながる命の質です。自分のためだけでなく誰のために生きるかはとても大事です。

聖霊降臨後第13主日 A年 特定17
 エレミヤ書 15章15~21節
 詩編 第26編1~8節
 ローマの信徒への手紙 12章1~8節
 マタイによる福音書 16章21~27節

08/27

 イエスは、一番弟子のシモン・ペトロにギリシャ語でペトロ(石)と名付けます。また、アラム語でケファ(岩)とも名付けます。ペトロはガリラヤ湖で漁をしていたとき、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」とイエスに言われると、すぐに網を捨てて従います。湖の上を歩くイエスを見て「幽霊」だと恐れ叫んだにも拘わらず、「主よ、あなたでしたなら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください」と願い、強い風に気付いて沈みかけ、イエスに助けを求めるのもペトロです。今日の福音書で「あなたはメシア、生ける神の子です」と告白しますが、すぐその後で、イエスが殺され復活することを打ち明けますと、イエスを怒鳴りつけるのもペトロです。鶏が鳴く前に三度わたしを知らないと言うだろうとイエスが言われると、一緒に死ななければならなくとも、知らないなどとは言わないと言いながら、三度裏切るペトロでした。そのようなペトロ(石)ですが、イエスはペトラ(岩)の上にわたしの教会を建てると言われます。ペトロは岩の一部の石ですが、従うことを諦めませんでした。主イエスは、完璧な信仰だから選ぶのではなく、おぼつかなくても歩き続ける者の上に教会を建てられます。

聖霊降臨後第12主日 特定16 A年
 イザヤ書 51章1 ~6節
 第138編
 ローマの信徒への手紙 11章33~36節
 マタイによる福音書 16章13~20節

08/20

 今日の福音書は「カナンの女の信仰」とあります。平行箇所はマルコ7:24~30で、「シリア・フェニキアの女の信仰」となっています。新共同訳聖書の地図には、フェニキア地方の地中海側に北にシドン、中部にティルスがあります。
 行かれたは退くという意味があり、イエスは休養を望んでいました。そこに異邦人の女性が来て、悪霊に苦しむ娘を癒してくださいと叫びます。弟子たちは、うるさいので願いをかなえて去らせてくださいと言います。イエスは、イスラエルの失われた羊にしか遣わされていないと拒みます。「主よ、ダビデの子よ」と叫んだ女性は、平伏して礼拝し、「主よ、どうかお助けください」と言います。イエスは、子である失われた民のパンを小犬のような異邦人であるお前にやれないと再び拒みます。女性は「小犬たちであるようなわたしも、主人たちであるようなあなたの食卓から落ちるパン屑はいただきます」」と返します。食卓から落ちるパン屑でよいから与えてくださいとの願いはイエスに届きます。異邦人ではありますが、異教徒ではありません。イエスへの徹底した小さな信仰が大きな奇跡を生みます。

聖霊降臨後第11主日 A年 特定11
 イザヤ書 56章1, 6~7節
 詩編 67編
 ローマの信徒への手紙 11章13~15, 29~32節
 マタイによる福音書 15章21~28節

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