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02/20

「あなたがたの義が律法学者やファリサイ派の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入ることはできない」。あなたがたも聞いているとおりと言って、旧約の戒めを記します。そして、「しかし、わたしは言っておく」と言われ、それにまさる義を示されます。戒めの本質を、イエスは断言されます。

 今日は「しかし、わたしは言っておく」の5~6番です。「目には目、歯には歯」は、同害報復といわれハムラビ法典にあるそうです。体の一部を傷つけられた人が、怒りによって相手を殺すまでに至らないようにと同じ程度の害で報復させるのです。

 しかし、イエスは言われます。悪人に手向かうな。侮辱的に相手が手の甲で右の頬を打ったのなら、右の頬も向けて打たせなさい。裁判所に訴えて軽蔑的にも下着を取る者には、夜着にも用いるので困るかもしれないが上着をも取らせなさい。荷役のためにただ働きで1,500メートル歩かされたのなら、もう1,500メートル歩きなさい。借金を申し込む者には、利息を取らずに貸しなさい。求める者には与えなさいとイエスは言われます。

 今日の旧約にも「隣人愛」が記されています。本田訳聖書では、愛することを大切にすると訳出しています。キリスト教の愛理解にとって重要です。愛は大切にすることそのものです。ユダヤ人にとって同胞のみが隣人ですが、敵を憎めは流石に旧約にはありません。

 しかし、イエスは敵を大切にし、「自分を迫害する者のために祈りなさい。なぜなら、天の父の子となるためである」と新共同訳聖書は記しています。忠実に訳すならば、「そうすれば~なるであろう」です。子となるために、大切にするのではなく、大切にすると子となるであろうです。

 イエスは、徹底的に与えることと大切にすることを言われます。それがまさった義であり、その人を徹底的に自由にするのです。目には愛、歯には愛がイエスの生き方です。

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