07/18

 律法学者の永遠の命を得るためにはという質問に対して、イエスは隣人愛を実行しなさいと言われます。その次に、今日の「マルタとマリア」の話が続きます。

 姉マルタは、イエスたちを歓迎します。イエスはみ言葉を教え始めます。弟子たちは勿論ですが、妹マリアも弟子の一人として話を聴きます。マルタは、何人かのもてなしのために台所で忙しくありました。もてなしは給仕で、マルタもイエスの弟子として仕えてそのために忙殺され、イエスのみ言葉に聴くだけでいられるマリアを妬ましく思いました。マルタは、わたしだけが給仕をしていて不公平だと思われませんか。手伝うように言って下さいと甘えてイエスに言いました。イエスはマルタの気持ちを受け入れつつ、あなたは多くのことに心を煩わせかき乱されている。しかし、必要なことはただ一つ。マリアはよいほうを選んだ。わたしの言葉は彼女から取り去られることはないだろうと言われます。

 マルタは、もてなしである給仕の務めのために忙殺されています。忙しいは心を亡ぼすと書きます。原語では周りから引き離す、剥ぎ取るという意味で、受身形でひどく忙しい、忙殺されるとなります。忙しいと大事なものから離されます。イエスのみ言葉から離されると忙しのです。行為が先にあると忙しいし、見える行為は妬みも引き起こします。行為ではなくイエスのみ言葉が先にあります。何を食べようか、何を着ようかと思い悩む必要はありません。神の国と神の義を求めると、これらのものはみな加えて与えられます(マタイ6:25~、ルカ12:22~)。

 イエスのみ言葉は、聴く者から決して取り上げられることはありません。永遠の命はみ言葉を聴くことから始まります。み言葉が生き方の中心になり、わたしたちを生き生きと生かしてくださるのです。

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