08/01

 今日の旧約続編のコヘレト(「集会を招集する者」「集会の中で語る者」)は、「知恵と知識と才能を尽くして労苦した結果を、まったく労苦しなかった者に遺産として与えなければらないのか。まったく空しく大いに不幸なことだ」と、財産を自分のためだけに使えないことを空しいと言っています。詩編作者は「人が見ることは…財宝を人に遺さねばならないこと」と歌っています。

 ある人がイエスに「わたしに遺産を分けてくれるように兄弟に言ってください」と言うと、イエスは「どんな貪欲にも注意を払い用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってはどうすることもできない」と応えます。人の命は財産から出てくるものではないと言われます。続いてイエスは「愚かな金持ち」のたとえを話されます。決して「金持ちは愚か」ではありません。ある金持ちの畑が豊作になり、幾つかの小さい倉を壊し、より大きな倉を建て穀物をしまい込みました。その後、彼は自分自身に向かって「これから先何年も生きて行くだけの蓄えができたぞ。ひと休みして、食べたり飲んだりして楽しめ」と言いました。

 しかし、神は「愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったい誰のものになるのか」と言われます。命は神から貸し与えられたもので、神の返却要求で取り上げられます。誰もその時を知りませんから、知らないことが愚かではありません。愚かの原因は、彼の思い中のすべてが自分のことだけで、自分のことだけしか考えていません。隣人は勿論、神のことさえも考えが及んでいません。

 今日の使徒書のコロサイ書では「愛を身につけなさい」「詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい」と言っています。神と隣人への思いやりがあってこそ、はじめて人は物にではなく命に豊かになれるのです。

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