03/13

 今日の旧約聖書の箇所である創世記2章に、主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れた。こうして人は生きる者となったとあります。善悪の知識の木の実を食べる自由も、食べない自由も男と女に与えられていたのですが、二人は神の言葉に従わない自由を選んで食べて死ぬものとなりました。

 使徒書のローマ5章には、アダムと同じような罪を犯さなかった人の上にさえ、死は支配しました。実に、アダムは、来るべき方を前もって表す者(予型)だったのです。…イエス・キリストの恵みと賜物…一人の人の不従順によって多くの人が罪人とされたように、一人の従順によって多くの人が正しい者とされたのですとあります。

 イエスは洗礼を受けられた後、悪魔に誘惑を受けるため洗礼の時と同じ霊によって荒野に連れて行かれ昼夜40日間の断食をされた後、空腹を覚えました。すると誘惑する者が来て、神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだと言います。

 イエスは、人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる(申命記8:3)と言われます。また、悪魔は、神の子なら、神殿の屋根から飛び降りたらどうだ、天使たちが支える(詩編91:11,12)と言うと、イエスはあなたの神を試してはならない(申命記6:16)と応えます。最後に、悪魔は、わたしにひれ伏して拝むなら世界中の国々と繁栄を与えると言うと、イエスはあなたの神である主を拝み、主に仕えよ(申命記6:13)と言われます。

 神が、死ぬことがないように食べてはならないと言われたにもかかわらず食べてしまった人間(アダム)なら、あなたが神の子ならと言われなくてもたくさんの石をたくさんのパンに、神殿の屋根から超人的に飛び降り、世界中の国々と繁栄を手に入れます。人間(アダム)は、能力・権力・富という死の悪魔に支配されていることも知らずに。
 すべてが可能でゆるされているイエスは、神の子であるにもかかわらず、人間の弱さに人間以上に徹します。弱さの極みに徹することが、真実の強さであることを知っておられるのです。

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