07/23

 天の国のたとえです。たとえは、頭ではなく心に語りかけてきます。36~43節は、頭に語りかけますのでイエスの言葉ではなく初代マタイ教会の記述です。イエスの思いは、つまずきとなるもの、不法を行う者どもを燃え盛る炉に投げ込むだけが目的ではありません。
 ある人が良い種を畑に蒔きます。敵が来て麦の中に毒麦を蒔いて行きます。僕たちの問いに、主人は「敵の仕業だ」と応えます。僕たちは抜き集めましょうか」と言いますが、主人は「いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかも知れない。刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい」と応えます。「両方とも育つままにしておきなさい」を、岩波訳では「双方とも一緒に成長させなさい」、岩隈訳では「両方ともいっしょに成長するままにしておけ」とします。両方、双方はアンフォテロイで、一緒に成長するはスンアウカノーで、麦も毒麦も両方(双方)一緒に成長させたままにと、両方と一緒が繰り返されます。「…ままにしておく」はアンフィエーミで罪を赦すという意味もあります。一つの畑の中に良い麦も悪い麦もあるのです。主人は、わたしたちの中で両方一緒に育つままにさせ、良い麦が多くなるのを忍耐強く待たれます。

聖霊降臨後第7主日 A年 特定11
 知恵の書 12章13, 16~19節
 詩編 第15編
 ローマの信徒への手紙 8章18~25節
 マタイによる福音書 13章24~30, 36~43節

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