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11/06

聖霊降臨後第19主日(特定23) マタイによる福音書22章1~14節
司祭 関 正勝 師

 イエスはユダヤの指導者たち祭司長やファリサイ派の人たちに譬えでもって「天の国」について語りを続けられています。今日の福音では「天の国は、ある王が王子のために婚宴を催したのに似ている」と語り始められます。この譬えの内容については、わたしたちもよく知っているところです。福音記者マタイは旧約の民ユダヤ人を前にして「神」という言葉を用いることに大層注意深いように思います。モーセの十戒が戒めている「神の名をみだりに口にしない」との戒めを、彼は強く意識していたようです。ですから、他の福音書が「神の国」と言うところを、今日の福音書の場合のように「天の国」と表現することが多いようです(→ルカ14章15節以下)。婚宴に招いておいた人びとが来ようとしなかったので、王は家来を使いに出して言います。
「食事の用意が整いました。牛や肥えた家畜を屠って、すっかり用意ができています。さあ、婚宴においでください」。
ところが、人びとはこの招きを無視して、畑や、商売に出かけて行ってしまい、挙句の果てにはこの人びとは家来たちを殺してしまいます。このような人びとの乱暴なふるまいは先週読まれました「悪いぶどう園の労働者」のそれを思い起こさせます。それは、神から遣わされた一人子イエスを十字架へと追いやるユダヤの人びと(律法学者、ファリサイ派の人びと)の姿と重なります。怒った王は、町を焼き滅ぼすと言うほどの行動をとっています。以上がこの譬えの前半です。彼らは王子の婚宴に招かれたことを喜び誇りにさえ思っていたに違いありません。ユダヤの慣習で婚宴への招待状には招きの事実だけが記されていて、婚宴の日時は空白のままにされていたそうです。したがって、招かれた人びとからすれば「用意ができました」と言う、その当日を知らされて慌ててしまうことも多くあったようです。今日の招かれていた人びとにとってはその招待日が突然、思いがけない時にやって来たわけで、楽しみにしていたはずのその宴会を断らざるを得なかったわけです。しかし、王は彼らの態度を怒られます。そして譬えは後半に移ります。再び「婚宴の用意はできている」という王の言葉が宣べられます。

 そして家来たちに命じます。
「招いておいた人びとは、ふさわしくなかった。だから、町の大通りに出て、見かけた者はだれでも婚宴に連れて来なさい」。
この命を受けて家来たちは通りに出て行き、
「見かけた人は善人も悪人も皆集めて来たので、婚宴は客でいっぱいになった」。
ところが、客の中に「礼服を着ないで入って来たものがいた」、というのです。王はこの人を「外の暗闇にほうり出し」てしまいます。そして、「招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない」と語られます。

 この譬えが「天の国」の譬えとして語られており、同時にそれはイエスによってはじめられた「神の国」の到来の準備が整った、という「悔い改めて神を信ぜよ」との呼びかけに他ならないでありましょう。「神の国」到来の準備が「整いました」との呼びかけに「最初の人びと」すなわち神の民として選ばれたイスラエルの人びとは、答えることが出来ませんでした。彼らのこのような態度に王は町を焼かれます。ここには紀元70年のローマ軍によるエルサレムの滅亡の出来事が重ねられておりましょう。彼らが神の招きを喜んでいたにも関わらず、その招きに応ずることが出来なかったのは、王からの招きが何時なのか分からないと言う状態が長く続くうちに日々の生活とその習慣の中で招かれている喜びと緊張感が次第に薄れてしまっていたに違いないのです。王からの招待状は最初に招かれた人びとがそうであったように突然、思いがけない仕方で、予想など出来ない時に届けられるのです。その招きに答える備えが出来ているか、否かがわたしたちにも問われていると言えましょう。最初に招かれていた人びとは、神からの突然の呼びかけに応答することが出来ませんでした。
(→本田神父訳)「招いておいた人びとは歩みを共にする気がなかった」。
そこで、王は町の通りから「見かけた人は善人も悪人も皆集めてきた」のでした。王の招待は、たしかに突然に、わたしたちの計算や予想をはるかに超えて発行されるのですが、同時にその招きはわたしたちの考える善人・悪人といった枠組みや価値観を越えて行われる、ということでしょう。さらに、わたしたちの計算や予想、また経験をも超えて神の招きはなされている、と言えましょう。神の招きはわたしたちの思いを超えて、すべての人びとに普遍的に呼び掛けられていることを知らされます。しかし、そこに礼服を着ないで列席した人がいました。その人に対する厳しい王の姿勢は何を意味しているのでしょうか? いろいろな解釈が、この「礼服」に関して行われてきましたが、この人が婚礼の席に「用意されていたであろう」礼服を付けないで席に着いたとは、この人が他の多くの人びとと同じように全く「理由なしに」宴の席に招き入れられたと言う、驚きや喜びが失われてしまっている状態を表現しているように思います。勿論この礼服とは古い旧約の律法とは異なる「新しい律法」のこととも異なるでしょう。それは、王によって招かれたと言う喜び、それがもたらす新しい生き方の表現そのものではないでしょうか? この礼服を着ることの表現は、その人が新しい存在として誕生した喜びを言い表しておりましょう。預言者イザヤは歌います。
「わたしは主によって喜び楽しみ わたしの魂はわたしの神にあって喜び踊る。
 主は救いの衣をわたしに着せ 恵みの晴れ着をまとわせてくださる。
 花婿のように輝きの冠ををかぶらせ 花嫁のように宝石で飾ってくださる」(イザヤ61章10節)。
パウロも礼服を着て「新しい存在」としての姿を、今日の使徒書フィリピの信徒への手紙の中で(4章4節)、
「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。
(彼は続けて困難の多い働きの課程に触れた後)…いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です」。
婚礼の礼服とは招かれた者がこのような「新しい存在」「新しい生き方」を生き始める姿のことに他ならないでありましょう。

 最初の記事が語っていますように招待状に日付がないことは、招きはその人の特権や所有権などではなく常に新しく(したがって計算や予定を超えて、思いもかけない仕方で)招かれている喜びの中で日々の仕事や営みを続ける「新しい存在」を生きることが求められているのではないでしょうか。「礼服」は、その喜びのしるし、この喜びの礼服を身に着けて日々を生きることに「選び」があることを記憶したいものです。 アーメン

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