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 「律法学者とファリサイ派の人々を非難する」とあります。イエスが非難したのではなく、マタイの教会の対立を描いています。5~7節は、イエスが直接に指摘した言葉のようです。彼らは、神への信仰ではなく、自分たちが尊敬されたいので自分たちの行為を見せたいのです。小箱の中には聖句が入っていて、額や腕にしばり付けて祈ります。その小箱を大きくしたりします。今でも、ラビたちは鬢(びん)を切らずに伸ばし、黒く長いコートを着て生活しています。上席、上座、そして広場で先生(ラビ)と呼ばれることを好みます。
 イエスは「あなたがたは先生(ラビ)と呼ばれてはならない。あなたがたの師(ディダスカロス・教師)は一人だけ。あとは皆兄弟。地上の者を父(パテール)と呼んではならない。教師(カティゲェーテェース・案内者・先達)と呼ばれてもいけない。あなたがたの教師は、キリスト一人だけである。あなたがたのうちでいちばん偉い人は、(あなたがたに)仕える者(ディアコノス)になりなさい。高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」と言われます。すべて人に見せるために行うことは、真実な生き方ではありません。イエスは仕える者になりなさいと言われます。大より小の生き方が人を生かします。イエスの仕える生き方がわたしたちの福音になりました。

聖霊降臨後第22主日 A年 特定26
 ミカ書 3章5~12節
 詩編 第131編
 テサロニケの信徒への手紙一 2章9~13, 17~20節
 マタイによる福音書 23章1~12節

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