最新説教メモの記事一覧

12/11

 ヨハネは悩んでいます。正義を貫き通し、救い主の到来を待ち続けてきた。しかし獄舎につながれ、死と向き合い、暗黒の世界に閉じ込められている現実。イエスはメシアではないのか。あなたは無力すぎはしないだろうか。イエスをメシアであるなどと信じて生きる自分は間違っていたのか、馬鹿々々しい人生だったのだろうか。

 イエスのもとに弟子を派遣します。イエスはヨハネの窮状も悩みもみな分かったうえで、弟子たちに告げます。今起こっていることを伝えなさい。自分の思い通りにはなっていないかもしれないが、神が慈しみと愛をこめて働いている現実があるではないか。弟子に問います。「あなたはこの現実をどのように見ているのか」。

 神の愛を信じて忍耐し続けること、そこにとどまり続けることをイエスは勧めます。私たちのこの信仰は失望に終わることは決してありません。

12/04

 洗礼者ヨハネの物語から学んでいきます。「悔い改めよ」。そのように聞くと、すぐに「そんなに悪いことはしていないし、世の中にはもっと悪い人間もいるのではないか」と反論する人もいるかもしれません。

 聖書のいう「悔い改めよ」という言葉は方向転換しなさいという意味です。悪かったことを謝ることではありません。自分中心で、神などいなくてもよい生活から全面的な方向転換をして行くことを求められています。

 ヨハネは荒れ野で叫びます。荒れ野の生活、そこには地位もこの世の名誉も役に立ちません。神以外に頼るものがない世界の象徴でしょうか。今、自分は何をし、神に求められていることのために生きているかの自己検証を主のご降誕を前にして参りましょう。

11/27

 主のご降誕を準備する季節がやってきました。準備して待つことの重要性を福音記者は語ります。

 今、わたしは何一つ不自由なく暮らしている、面白おかしく生活しているから満足だ。神の存在について考えたり、まして神の求めておられることを実行しようとするなど不必要だと思っておられる方はないでしょうか。

 人間が神になることはできませんが、神の光を輝かせることはできます。目を覚ましていなさいというのは、裁きの日がいつ来るか、いつ来るかと不安になって待っていろということではなく、神の光をこの世界に輝かせるために邁進しなさい、倦まずたゆまず進みなさいという命令です。神に導かれなさいという命令です。

 具体的にそれがどんなものであるかは各人各様で違いがあるでしょう。しかし恐れをもって生きるのではなく、小さな者に仕えていくことが求められていることだけは共通しています。神に導かれ、勿論ストレートに行くことではないかもしれませんが、行きつ戻りつしながら互いに励ましあい、準備の時を過ごしてまいりましょう。

11/20

 今週は教会の暦では1年の最後の週になります。朗読される個所はイエスのご受難の出来事です。

 私たちの周りにはたくさんの頼りになるものがあります。ある人は金銭だと考えたり、この世的な地位だと考えたり、武力であると考えます。私たちは本当に依拠すべきものが何かの決断を迫られています。十字架のうえで苦しまれるイエスのことを黙想しながら、しっかりとした決断をし、新しい歩みを始めたいと思います。

 あなたは一緒に楽園にいる。イエスは、いつも共にいてくださって支え、愛してくださっています。多くの群衆はこんなイエスには救いはないと考えます。それではあなたはどう決断しますか。イエスによって愛されて忘れ去られることはないということに立つのか、それとも躊躇するのか。あなたはどのような決断をしこれからの歩みを始めようとしているかを思いめぐらしていきましょう。

11/13

 教会の暦もいよいよ終盤になり、もうすぐ主のご降誕を準備するアドベントの季節を迎えます。先週から来週にかけては世の終わりについて思いめぐらす時になります。

 今日の福音書では終末とそれに先立って起こる迫害について語られています。実際、ルカが福音書を書いた時にはエルサレム神殿が崩壊していたといわれています。人々は終末が近いと感じたのでしょう。そんななかで自分たちは何に頼って生きていけばよいのか不安な思いを持つ人々が多くあったと考えられます。

 ルカは人々を励まします。人間の目には絶望と映るようなことが起こったとしても、語るべきことはイエスが与えてくださる故に安心し、イエスについて証し続けなさい。神はわたしたちを決して見捨てず、救おうとされている。めげずにどんなことがあっても確信に立ち続けなさい。私たちは絶対的な希望の神がともにいてくださることを信じて生きているものです。そのことを再確認いたしましょう。

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