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04/17

 キリストとともに死んだ者だけがキリストとともに復活させられる、ということです。現実的なことではなく霊的なこと、信仰上のことがらとして理解することなら可能ですがそれだけではいけないと思います。手紙の著者は「地上のもの」をひどく嫌っていますが、わたしたちの日常は「地上」の日々であって、それを無視して気持ちだけ「天上」に上ってしまうなら単なる現実逃避になってしまいます。見える現実に支配されず見えないものに希望をかけて生きることがキリスト者の姿と言えるでしょう。不条理な現実に絶望せず、自分の弱さに落胆せず、「キリストと共に神の内に隠されている」(3節) 復活の命にあずかっている喜びを分かち合いたいものです。

2017年4月16日 復活日 A年
使徒言行録 10章34~43節
コロサイの信徒への手紙 3章1~4節
ヨハネによる福音書 20章1~18節

04/17

イースターおめでとうございます。
4月16日(日) 復活日
      9時半 聖歌隊練習 *日曜学校はお休み
      10時半 聖餐式
      礼拝直後 集合写真撮影
          *創立140周年記念写真集のため、今後も
           少人数での写真撮影を行います。ご協力ください。
      撮影後 祝会
  19日(水)12時20分 ランチタイムパイプオルガンコンサート
           (演奏:ポール・テーゲルス、デイナ・ロビンソン)
  21日(金)11時  4月逝去者記念聖餐式
      19時  下町聖書の会(神愛教会)
  22日(土)14時  信徒奉事者祝福式(聖アンデレ主教座聖堂)
      14時  教区青年会(東京諸聖徒教会)

★教会報 「おとずれ」最新号ができました。
★4/28(金)10時半 下町聖書の会(神田キリスト教会)
★4/29(土)11時  下町ファミリーピクニック(葛西臨海公園)

04/09

 これは「荒野の誘惑」の続きです。イエスは特別な力で人々を助けてきましたから、逮捕や裁判から逃れることはできたはずです。自分に不利な証言を論破することも、大祭司やピラトを説き伏せることもできたに違いありません。福音書の物語は、イエスにそれ以上の力があることを存分に示しています。イエスは自分が助かろうとは思わずあえて死を選んだのか。それとも、イエスの能力は他者を救うためのもので自分のためには使えないものだったのか。苦しみや死を避けようとしないイエスの姿は多くの人の理解を超えることかもしれません。しかし、自分のために祈る時と誰かのために祈る時、どちらが真剣な祈りになるかなら、わたしたちにもわかるはずです。

復活前主日 A年
イザヤ45:21-25 または イザヤ52:13-53:12
フィリピ2:5-11
マタイ(26:36-75), 27:1-54, (55-66)

04/08

4月9日(日) 復活前主日(しゅろの日曜日)
      9時半  日曜学校・聖歌隊練習
      10時半  聖餐式
          *しゅろの葉を持って、行進して聖堂に入ります。
      礼拝直後 大斎節の黙想
      黙想後  愛餐会
      愛餐会時 創立記念・宣教伝道合同委員会
      15時   教会委員会
  13日(木)11時   聖木曜日 聖油聖別の聖餐式(聖アンデレ主教座聖堂)
      19時   聖餐制定記念聖餐式・洗足式(牛込聖バルナバ教会)
  14日(金)12時   受苦日礼拝(聖アンデレ主教座聖堂 説教:香山洋人司祭)
  15日(土)10時   ゆで卵・お菓子作り/午後 イースターエッグラッピング
      14時   復活日祝会 会場設営
      20時   聖土曜日の礼拝 (復活のろうそくの祝福・洗礼の約束の更新)

★4/16(日)10時半  復活日礼拝・祝会
★4/19(水)12時20分 ランチタイムパイプオルガンコンサート
           (演奏:ポール・テーゲルス、デイナ・ロビンソン)
★逝去者記念礼拝は、毎月第3金曜日(4月は21日)に変更となります。
★創立140周年記念写真集のため随時写真撮影をします。ご協力ください!

04/02

 人間は死すべき存在。イエスはラザロの死に際しその姉妹マルタとマリアに「決して死なない」と断言しています。物語でラザロは生き返りますが、そのラザロもいつの日か天寿を全うして死ぬことになるはずです。イエスにとって肉体的な死が問題ではなかったということでしょうか。そんなことはありません。死別を嘆く人々を放っておくことができないイエスは、人々が不条理な死に直面して苦しむ様子を放置できない方でした。信仰は不老不死をもたらすことはない。自らの限界を受け入れることがむしろ信仰の課題であるとわたしたちは知っています。死は厳粛な現実ですが、それによって打ち消されることのない何かがある。イエスを信じるとはその何かを信じることかもしれません。

大斎節第5主日
 エゼキエル37:1-3, (4-10), 11-14
 ローマ:6:16-23
 ヨハネ:11:(1-16), 17-44

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