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02/09

2月21日(水)、ランチタイムパイプオルガンコンサートを開催いたします。
皆さまどうぞお越しください。

日時:2018年2月21日(水) 12時20分~50分

入場:無料(自由献金有り)

演奏:福田のぞみ

曲目:
F. X. A. ムルシュハウザー
  第一旋法によるプレアムブルムとフーガ
Ch. キャラハン
  四旬節のトリプティーク
   イエスの十字架 / 君もそこにいたのか /
   3つのレントの歌の瞑想
R. シェパード
  喜べや たたえよや
J. ボルステルマン
  「ぶんぶんぶん」による変奏曲
   テーマ / 忙しい蜂 / 眠い蜂 / 女王蜂 / 蜂の群れ
B. バルトーク
  ルーマニア舞曲による組曲
   杖の踊り / バグパイプ吹き / 足踏みの踊り /
   角笛の踊り / ルーマニア風ポルカ / 急速な踊り

02/04

 イエスは、安息日の礼拝後すぐに会堂を出て、近くのシモンの家を訪れます。シモン(ペトロ)の姑が熱を出して寝ています。そこにいた人々は、イエスに癒やしてくれるように願います。イエスは男ですが、ペトロの姑の部屋に入り、彼女の手を取って起こします。起こすはエゲイローで復活するにも用います。すると熱は去り、彼女は一同をもてなしたのです。もてなすのディアコネオーは、単に食事の給仕をしたということではなく、仕える、奉仕する、執事として仕えるという意味もあります。ユダヤの社会では、受け入れられないだろうと思われる、男が女の部屋に入り、手を取って起こすことをイエスはしたのです。イエスは、安息日にも拘わらず病人を癒やしました。姑は一度だけ仕えたのではなく、未完了動詞ですからその後イエスに仕え続けたのです。姑は最初の女性執事であったかもしれません。町の人々は、安息日が終わる夕方に病人や悪霊につかれた者たちを戸口に連れて来ました。イエスは、病人を癒やし、悪霊を追い出しました。悪霊は、自分が愛されてはいないのではないかと不安に迷うビタミン愛の欠乏です。イエスは、その悪霊を追い出すために宣教に来られました。イエスのビタミン愛の補給です。

顕現後第5主日 B年
 列王記下 4章18~21, 32~37節
 詩編 第142編
 コリントの信徒への手紙一 9章16~23節
 マルコによる福音書 1章29~39節

02/03

2月4日(日) 顕現後第5主日
      9時半 日曜学校
     10時半 聖餐式
     礼拝後 愛餐会
     13時  教会委員会
  9日(金)10時半 下町聖書の会
 10日(土)10時半 青年会(カレー作り、夕の礼拝、聖書の分かち合い)

★2/14(水)19時 下町教会グループ合同 大斎始日礼拝
★2/16(金)11時 2月逝去者記念聖餐式
★2/18(日)13時~ 大斎プログラム「心とたましいの深呼吸」
           黙想指導:上田亜樹子司祭 ご参加ください!
★2/25(日)13時半 堅信受領者総会
*現在堅信受領者(昨年1年間に2回陪餐を受けられた方)はご出席ください。
 ご欠席の場合は必ず委任状をお出しください。
★お米(古くないもの)をご献品ください!:浅草聖ヨハネ教会日曜給食活動のため

01/28

 カファルナウムは、ガリラヤ湖北西にある漁港です。ペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネの町であるベトサイダの西隣の町です。一行はベトサイダからカファルナウムに向かいます。イエスはすぐに安息日に会堂に入り教え始めます。カファルナウム会堂の土台と数本の柱は現在も保存されています。マタイ23章「律法学者とファリサイ派を非難する」やマルコ12章とルカ11および20章に記されているように律法学者やファリサイ派の人々は「律法の中で最も重要な正義、慈悲、誠実はないがしろにしている」とイエスに非難されています。律法学者やファリサイ派の人々は、律法を用いて解釈しますが、自分の利益のために利用します。苦しみ悩む民衆のために解釈・支持するのではなく、自分の損得のために行動します。イエスの教えは、ご自分のために解釈するのではなく、苦しみ悩む民のためにあります。イエスの教えは、民を自由にするためのものです。すぐに会堂に汚れた霊につかれた男が叫びます。イエスは「黙れ。この人から出て行け」と命じると汚れた霊は出て行きます。人々は権威ある新しい教えだと驚きます。新しい教えとは、苦しみ悩み低く小さくされた者たちに仕えることです。仕える権威をもってイエスは来られました。

顕現後第4主日 B年
 申命記 18章15~20節
 詩編 第78編1~8節
 コリントの信徒への手紙一 8章1b~13節
 マルコによる福音書 1章21~28節

01/21

 マルコ福音書は、4つの福音書の中で最初に書かれ紀元後70年前後と言われます。マルコに誕生物語はありません。今日の箇所から公生涯の始まりです。マルコは「すぐに」(エウトウス)という語を多用して躍動的な描写に溢れているのを感じさせます。イエスの第1声は「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」です。時は単なる時間(クロノス)ではなく、神の国が近づいたという時(カイロス)です。「福音を信じなさい」は直訳すると「福音の中で信じなさい」となります。福音はグッド・ニュースでイエス・キリストそのものです。イエスは、洗礼者ヨハネがヘロデ・アンティパス王に捕縛されたと聞き、ガリラヤの地に行き湖の畔を歩きます。シモンとアンデレに①近づきます。網を打っているのを②御覧になります。そして③「わたしについて来なさい」と言われます。二人は網を④捨てて⑤従った。ヤコブとヨハネの召命も同じ①~⑤までのパターンで弟子となります。「捨てて」と「残して」はアフィエーミで「去らせる、送り出す、放棄する、後に残す、(罪を)赦す」という意味があります。シモンたちは、イエスの呼びかけのことばを待ち望んでいました。イエスのことばは人生を変えます。

顕現後第3主日 B年
エレミヤ書 3章21~4章2節
詩編 第130編
コリントの信徒への手紙一 7章17~23節
マルコによる福音書 1章14~20節

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