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07/02

 洗礼によってキリストの死と復活に与るのだとパウロは言います。わたしたちは新しい出発のために今までのことを断念しなければなりませんが、だからといってボタン一つでリセットできないのが人生というものです。罪に死んで新しくされたキリスト者であっても実際の人生が白紙になるわけではありません。洗礼を受けてもわたしたちの肉体は同じままであり、家族、生活環境、仕事や学校にも何ら変化がないかもしれません。能力も同じであれば限界や欠点もおそらくそのままです。けれども「新しい命」は与えられます。心から嬉しい時、目に映る景色がすっかり違っているという経験があるはずです。大人になって親の苦労がわかるように、いつしか自分が変えられていく。それも新しい命の経験ではないでしょうか。

聖霊降臨後第4主日 A年・特定8
 イザヤ書 2章10~17節
 詩編 89編1~4, 15~18節
 ローマの信徒への手紙 6章3~11節
 マタイによる福音書 10章34~42節

07/01

7月2日(日) 聖霊降臨後第4主日
      9時半  日曜学校
     10時半  み言葉の礼拝
     礼拝直後 「主の祈り」練習
     礼拝後  愛餐会
     愛餐会後 敬老のつどい準備会
     13時   信仰基礎講座(ファシリテーター 相澤智香さん)
  8日(土)11時   お話を聴く会「信頼を生きる-お世話されて生きるということ」
         (お話:陣野憲一郎さん 会場:牛込聖公会聖バルナバ教会)
     14時   青年会(カレー作り、夕の礼拝、聖書の学び)

★7/9(日)愛餐会時 創立記念・宣教伝道合同委員会
     13時   教会委員会
★7/15 (土)14時 「なぜ韓国ではクリスチャンが多いのか!?-日韓聖公会の
         ターニングポイント」(お話:金大原司祭、香山洋人司祭 
         会場:東京教区会館3階会議室)
★7/16(日)16時~17 (月・祝)16時 第25回聖公会「女性」フォーラム(発題:
         日本基督教団 平良愛香牧師 会場:聖パウロ教会)
★7/17 (月・祝)13時 聖職按手式 司祭按手:執事 ヨセフ太田信三師
         (式場:聖アンデレ主教座聖堂)
★7/17 (月・祝)16時半 下町教会グループ協議会研修会 “葛飾学園の歩みについて”
         (お話:山口千晴さん 会場:東京教区会館3階会議室)
★教会キャンプ(8/27~29)参加者募集中! お申し込みお待ちしております。
★創立140周年記念写真集、作成中! 少人数での写真撮影を随時行います。
 ご協力ください。創立記念礼拝は10/9(月・祝)です。

06/25

 二十世紀の後半、私たちはようやくに、地球を一つの命として人類を運命共同体として捉えるようになりました。しかしパウロはそれを先取りしています。悪や暴力が存在する世界に神が求めるのは、全ての命が天地創造の時のようなすばらしい姿に立ち返ること、神は裁きたいのではなく生かしたいのだ、という考えです。
 イエス・キリストが救い主であるという信仰は、イエスが私たちの希望であるという信仰です。愛と赦しに生きたのは天高く座しておられる方ではなく、私たちと同じように、痛み、苦しみ、嘆き、怒りもした人間イエスです。イエスが私たちの罪を肩代わりしてくれたというよりも、愛と赦しという人間の可能性を具体的に示してくれたという希望の信仰です。

聖霊降臨後第3主日(A年 特定7)
 エレミヤ書 20章7~13節
 詩編 69編7~10, 15~17節
 ローマの信徒への手紙 5章15b~19節
 マタイによる福音書 10章(16~23), 24~33節

06/24

6月25日(日) 聖霊降臨後第3主日
      9時半  日曜学校
      10時半  聖餐式
      礼拝直後 「主の祈り」練習
      礼拝後  愛餐会
      愛餐会時 バザー委員会
      13時   信仰基礎講座(ファシリテーター:相澤智香さん)
  29日(水)     使徒聖ペテロ・使徒聖パウロ日

★7/2 (日)愛餐会後  敬老のつどい準備会
     13時   信仰基礎講座(ファシリテーター:相澤智香さん)
★7/8 (土)11時   お話を聴く会「信頼を生きる-お世話されて生きるということ」
          (お話:陣野憲一郎さん 会場:牛込聖公会聖バルナバ教会)
★7/8 (土)14時   青年会(カレー作り、夕の礼拝、聖書の学び)
★7/15 (土)14時   「なぜ韓国ではクリスチャンが多いのか!?-日韓聖公会の
           ターニングポイント」(お話:金大原司祭、香山洋人司祭 
           会場:東京教区会館3階会議室)
★教会キャンプ(8/27~29)の申込書ができました! お持ちください。
★創立140周年記念写真集を作成します。
 少人数での写真撮影を随時行いますので、ご協力ください。
 創立記念礼拝は10/9(月・祝)です。

06/18

聖霊降臨後第2主日 A年(特定6) マタイによる福音書9章35節~10章8, (9~15)節
司祭 関 正勝

 今日の福音はイエスが12人の弟子を召し出されて、「汚れた霊に対する権能をお授けになった。」という出来事が与えられています。召し出された弟子たちは「汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすため」に、イスラエルの家の「失われた羊」のところへ派遣されて行くのでした。弟子たちは、このように大きな目的と使命を負って社会に向けて派遣されることになります。その大きな目的と使命とは、先主日わたしたちは「三位一体」主日を祝いましたが、その主日の意図は三位一体主日の聖書日課で旧約聖書の創世記1章1節~2章3節が記す、世界と人間の創造物語をもって伝えています。そこに三位一体の神を信じる信仰の所以が語られているようにわたしは思います。三位一体の神とは議論をすればするほど複雑になり抽象の世界に入り込んでしまいかねません。しかし、教会がその信じる神を三位一体、父なる神・子なる神・聖霊なる神はバラバラな三神がいる、ということではなくて、本質を一つとし、しかもその一つとするものは「愛」であり、それゆえわたしたち、神によって創造された世界と人間を神は万全を期して生かし、救われる神である、との人々の日々の神との交わりや経験が、人々をしてその信じる神を「三位一体の神」と信じ、告白するに至ったと言えましょう。神は創造された世界を見て「極めて、良かった。」と語られますが、わたしたちは知っています。現実、この世界のどこに「極めて、良い」という世界が存在するのか?ということを。このような深い疑惑の中で、わたしたちはこの世界は神によって創造されたのではない、という不信に沈んでしまいかねません。しかし、神はこのような世界とわたしたちの行状を天の高みから腕を組んで眺めて居られる神ではないのです。「愛」をその本質とし、一である父・子・聖霊である神は「極めて、良かった」世界を完成させるために、今も継続して、「神の像・協働創造者」としてのわたしたちと一緒に働いておられる。この経験、創造(救いの働きとしての)は今も継続中との経験が三位一体の神への信仰を誕生させた、と言えましょう。そこには神がこの世界と人間を創造され、したがって「良い」という現実を誕生させずには終わらない、という大いなる神への信仰が人々を困難のなかでも生かし続けた、と言えましょう。三位一体の神への信仰は、たえずわたしたちが陥りがちな小さな神に挑戦し「あなたの神は小さすぎる」と、問いかけ励ましてくださっているのではないでしょうか?

 そして、今日の主日、創造された世界とわたしたちの現実と使命が語られています。イエスはその御生涯で、この世界とわたしたちが決して「極めて良かった」とは言えない世界にあり、人々は相変わらず苦しみ、悲しんでいるのでした。イエスの目に映った人々の現実を 福音記者マタイは「群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。」と記しています。(フランシスコ会の本田哲郎神父の訳「イエスは民衆を見て、はらわたをつき動かされた。彼らは、羊飼いのいない羊のように、むしり取られ、打ちひしがれていた。」『小さくされた人々のための福音』) このような悲惨な現実に対して、「神の像・協働創造者」としての人間の責任が問われております。わたしたち一人ひとりに負わされている責任「極めて、良かった」世界の実現に向けて働く責任が問われています。今日の福音は12人のイエスの弟子の召し出しであり、その使命・目的に在ります。弟子たちの使命は、わたしたちイエスを信じる者たち一人ひとりの使命を明らかにしていることに他ならないでしょう。神によって創造された世界を「神の像・協働創造者」であることをイエスとの出会いによって知らされた12人の弟子たち、そしてわたしたちを用いて完成させようと働いておられる三位一体の神は「平和があるように」と語る使命を託しておられます。「極めて、良かった」世界は、平和が実現している世界に他ならないでありましょう。その「平和」(シャロ-ム)は、誰一人その存在が貶められたり、抑圧・差別されたりすることなく、社会にとってなくてはならない一人ひとりであることが現実となっている社会に他ならないでありましょう。召し出された弟子たちに与えられた「汚れた霊に対する権能」とは、神以外の存在が神となる、偶像が人々を支配するようになる「悪霊」が差別や抑圧、そしてやがては戦いとなる現実を追い出す「権能」に他ならないでしょう。

 このような働きに派遣される弟子たちは、全く神が自分たちを養い、支え、導いていてくださる、という事実を弟子たちの立ち居振る舞いで伝えています。彼らはイエスの命じられるままに、「帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れないで、・・・袋も二枚の下着も、履物も杖も持つ(ことを赦されないで)」町々、村々に出て行き、その姿でもって神の万全な計らいと養いに生かされている、神が創造された人間の姿を表現して「平和」を語ったのでした。したがって、その「平和」(シャロ-ム)は、人間が決めた価値や基準(例えば経済力や軍事力、さらには学力や社会的地位などなど)によって、例えばアメリカファ-ストなどといった表現が作り出す「平和」(パックス)とは、根本的に違う共生・共に生き、生かされる世界に他なりません。その「平和」(シャロ-ム)こそが神が創造された世界である「極めて、良かった」世界に他ならないでありましょう。

 今日の旧約聖書の日課は、出エジプト記で十戒を授かるシナイ山に到着したエジプトを脱出したイスラエルの人びとが、神から「わたしの宝、・・・あなたたちはわたしにとって祭司の王国、聖なる国民」(19章5,6節)と語られる場面が与えられています。神によって創造された世界、人間は神にとっての「宝」また「祭司の王国、聖なる国民」だ、と宣言されています。誰もそのような大切な一人ひとりの存在を、特定の価値観、基準でもって貶め、奴隷にすることは赦されないことです。

 神を神としないで、わたしたちが偶像に跪き「悪霊」に支配されるとき、神が創造された「極めて、良かった」世界はわたしたちから遠ざかってしまうに違いありません。

 わたしたちの信じる三位一体の神は、悲しみや苦しみ、不条理な、と言いたくなる現実に不信や絶望に陥りがちなわたしたちの足を、万全を期して働いておられるその神がわたしたちを強め、励ましてくださっていることを確信して「極めて、良かった」と言われる日々のために共に生き、働くわたしたちとされたい、と願っております。
 ア-メン

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